「痛くはしないでくれ・・・」
オレに向けられた二つの銃口。
そして、乾いた銃声を耳にした時、オレは死んだ。
その依頼を受けた時、真っ当なものではないと分かってはいたんだが、示された報酬がオレの首を縦に振らせた。
大学時代は、親父の残した財産やら国からの補助金などで不自由なく暮らしていたが、頭の固い教授と大論争の上、コップの水をぶっかけて、大学から去った後は、補助金は当然の事ながら、親父の財産までくだらない詐欺に母親が引っかかって無くなる始末。
わずかな金で海外に出たはいいが、目的もなく、就いた仕事は金持ちに日本語を教えるという仕事。
それも、オレが教えるのではなく、高額で雇われた先生のアシスタントだ。
日本の大学で何本も論文を書き、研究者として一目置かれていたと言っても海外に出ればタダのフリーター。
当然海外の大学で研究を続けることもできず、その日本語の家庭教師の助手をしながら、わずかな月収を削って研究書を買って、独学をする生活だった。
そんなある日、一通の封書が届いた。送り主はアリッサという聞き覚えのない女性からだった。
内容は、オレに研究者としての調査を依頼したいとのことだった。
アリッサという女性はグラハム=ダイハーンという交易会社の経営者の秘書をしており、そのグラハムが自分の所有する島にある遺跡の考古学的調査をしてほしいというのだ。
話だけでも聞いて欲しいという趣旨とともに、この街でもっとも品位のある高級ホテルの名前と日時が書かれていた。
いぶかしいと思い、調べた結果グラハム=ダイハーンという人物が経営する交易会社は存在しないことが分かったが、オレはその指定された日時にそのホテルに向かった。
騙されたとしても、オレにとってはその方が興味深かったからだ。
全てを失っているオレを騙すようなやつは、何なのかという。
ホテルに入り、まっすぐフロントに向かうオレを呼び止める女の声がした。
「ミスターアカギ」
長い黒ドレスに身にまとった若いブロンドの女が、待合いのためのソファに座っていた。その顔はサングラスのために見えないが、オレの方へ歩みながら、サングラスを外す。スカイブルーの瞳の美女がオレの目の前に立っていた。
「お会いできて光栄です」
女は右手を出した。
「あ、ああ」
その顔に見とれ、ぎこちなく俺は右手を出した。
「この奥にスペースを取っております、どうぞ」
商談用の仕切られたブースの席に着いたオレは、女よりも先に話を切りだした。
「お前は何者だ?」
女は予想外の質問に瞳を大きく見開いたが、すぐにほほえみを浮かべる。
「私はアリッサ。グラハム=ダイハーンの秘書をしております」
「ふむ。しかし、そんな人物が交易会社の経営者にいないと、言ったら?」
このオレの質問には、女は驚きはしなかった。ただ、微笑みを絶やさずに答えるだけだ。
「ええ。グラハムという名で会社の経営はしていませんから」
「では、グラハムという名は何に使う名前なんだ?」
「こういう時に使う名前、ですわね」
この答えでオレは、この話がオレを騙すモノではなく、表の研究者にやらせられないモノだという確信を抱いた。
「今日は話を聞きに来ただけだ」
すると、アリッサは鞄から数枚の地図と写真を出した。
「これが、グラハムの所有するワイナ島。エーゲ海に浮かんでいる小さな島です」
「エーゲ海か。オレの研究分野だから当然だな」
一枚の写真が、俺の目を奪った。
緑の森林の中に灰色の壁がそびえている。
「それが今回調査していただく、『迷宮』ですわ」
「迷宮?」
「ええ、文字通りの意味ですわ。この壁は入り口の壁でしかありません。その下に巨大な迷宮が広がっているのです」
「ナンセンスだ」
オレは声を荒げていた。
「エーゲ海の島の遺跡は全て調査されている。地上に出ているやつは全てな。残っているのは海中にあるのと、土の下に眠っているものだけだ。こんな風に、そうまるでアンコールワットのように森林に出ている遺跡なんて、ありはしない。専門家のオレを騙すには、もう少し勉強が必要だったな」
「これは、実在します。エーゲ海に浮かぶワイナ島に」
アリッサはにらみつけるオレの顔をまるで受け流すように微笑む。
「・・・この島は数年前までは海の下にあったのです。ところが、ある日突然、島が現れた」
「聞いたこともないな。それに、数年でこれほどの森が出来るわけがないだろう?これじゃ、子供すらだませない」
オレはその写真をアリッサの方に、机の上を滑らせて放った。
「そうです。これは、不思議な島なのです。この島はちょうどグラハムの所有する島々の一部であり、グラハムが所有することになりました。そして、このことを伏せました」
「なぜ?」
「私には教えてくださいませんでしたけど、グラハムはこの島が海の上に現れることを知っており、この一帯を買い占めていたのです」
「物語としては、よくあることだな」
アリッサは、すでにオレがこの島から興味を無くしたことに気が付いたらしい。肘を立てて指を組み、少し前屈みになって話題を変え、言った。
「ミノタウロスの迷宮はご存知でしょう?」
「ミノスの迷宮のことなら、当然だ。調査にも行った」
「本物でしたか?」
オレは、こみ上げる笑いを止められなかった。
「ククク、じゃ、オレはいったいどこに行ったんだい?偽のミノス遺跡にでも行ったのか。」
「ミノスの迷宮遺跡とミノタウロスの迷宮が別物だということを信じてもらえますか?」
「そんなことを学会で言ったら、精神病院送りだな。君の戯れ言にこれ以上つき合う気がないんだが。それで、どうせこの不思議な島が実はミノタウロスの迷宮なんです、と続けるのだろう?」
しかし、アリッサは全く表情を変えずに、勝ち誇った感すらある。
「そうです。この島がミノタウロスの迷宮なのです」
ふっ。
オレは鼻で笑った。
なんで、高級ホテルにまで呼ばれて、金持ちの妄想話を聞かなければならないのか。
「今は信じられないでしょう。現地に行けばその考えは変わると思います」
「戯れ言につき合う暇はない」
しかし、アリッサは話を続けた。
「報酬は調査費として20万ドル。これにその10倍以上の成果費も加える用意があります」
「破格だな。現実味がない」
「では、こういたしましょう。遺跡に行くだけで5万ドル差し上げます」
「ふははは!」
オレは大声で笑った。
そして、この話にのることに決めた。
行くだけで5万ドル。確かに金は欲しい。胡散臭い話だが、5万ドルもあれば、かねてから行きたかった研究対象の実地調査も出来る。
・・・入らなくても、暇つぶしにはなる。
「分かった、行くだけならOKだ」
それから話はトントン拍子で進んだ。
全てアリッサが手配し、オレは指定の日時にアパートメントの入り口にいるだけで良かった。
迎えの車が来て、空港に行き、イタリア南部へ向かった。そしてそこで飛行機をプライベート機に乗り換え、グラハムの所有する島へとたどり着いた。
島は直径5Kmほどだろうか、綺麗な円形をしており、全てが森に囲まれていた。
唯一、砂浜が見える部分に数戸の木小屋があり、飛行機はその近くに着水した。
砂浜に着くと、小屋から4人の人間が出てくる。一人はアリッサ。他の3人は男であり、一人はスーツ姿の若い白人。他の二人は迷彩服を着た黒人であった。
「ようこそ。ミスターアカギ」
スーツの男が握手を求めてきた。
「私がグラハムだ」
「はじめまして。こんなにお若いとは思いませんでした」
正直、思っていた人物像はアラブ系の老人だった。
「よく、アラブの老いた富豪と間違われるが、君もそう思ったんじゃないかな」
彼は心地よく笑ったが、オレは心の中を見透かされた気分にもなっていた。
「早速、遺跡に案内しよう」
彼があごで迷彩の男二人に合図を送ると、迷彩の黒人の一人が、
「こちらです」
と、歩き出した。
森の中へ入って十分もしないうちに、写真の光景に出会った。
森にそびえる灰色の壁。
高さは4mはあろう。
「ミノア文明のものじゃないな」
オレは振り返り、グラハムに言った。
「おわかりですか」
「そして、あんたが作った物・・・でもない」
「疑うのは当然です。ですが、この先を見れば信じざるを得なくなるでしょう」
グラハムは壁づたいに歩き出した。
壁は湾曲し、天井はなかった。この部分から想像するに、円形の建物の外壁だろう。
壁は完全な形ではなく、所々崩れ、向こうが見える。その風景は緑で覆われており、壁だけがこの遺跡であるように感じられた。
が、グラハムが立ち止まった場所は、この壁は不必要な物だと言うことを示していた。
「ここが、迷宮の入り口だ」
壁の切れ目に地下へと続く階段がある。
「ナンセンスだ」
つぶやきながら、オレは入り口の石段を調べた。
間違いなく悠久の時を刻んだ遺跡だ。だが、オレの専攻する、この辺り一帯に栄えたミノア文明の遺跡じゃない。キクラデスでもない。ギリシャ、ローマでもない。ではなんだ。
「ここで帰ったら5万ドルだな」
グラハムはオレが次にどう答えるか知っているだろう。
「まさか。これを見て帰る学者は精神病院送りだ!イヤだと言っても、オレは調査をさせて貰う」
静かな暗い遺跡の入り口がオレを魅了していた。
調査は翌日から開始することとなり、オレたちは木小屋に戻った。
オレの寝泊まりする小屋は別にあり、オレのためだろうか机や電池式のスタンド等が用意されていた。
グラハムとアリッサは二人で一つの小屋を使い、他に二つ小屋があるが、そこは迷彩の男たちがいるらしかった。
翌日から早速、オレは遺跡の内部に入ることになった。
そのことにグラハムが条件を付けた。
「中は広大な迷宮が広がっており危険だ。絶対に一人で調査はしないでくれ。必ずこの護衛を連れて行って欲しい」
と、迷彩の男たちが必ずオレに付きまとうことになった。
しかも、ライフルと拳銃、さらに大型のナイフまで所持している。
「護衛というより、監視だな」
出発直前、アリッサにそう皮肉を言ったが、
「安心してください。あなたが彼らを殺そうとしても、彼らはあなたに絶対に手を出さないという命令をしていますから」
と、切り替えされた。
素手のオレがなんで、こんな傭兵みたいなやつを殺そうと思うのかね。
調査はほとんど探検だった。
まず、この迷宮の全体像をつかむために、マップ作りから始めた。
広大な迷宮は、右へ左へと折れ曲がり分かれている。立体に交差している箇所もあり、この迷宮を作った者の技術の高さがうかがえた。
迷宮には所々、太陽を模したと思われる壁画がある。
「クノッソスとは作りがまるで違う。ファイストスの壁画とも違うな」
クノッソスは地下宮殿ではなく、地上4階の城だ。複雑な作りが、後のミノタウロスの迷宮のモデルにされたとなっている。しかし、それを凌駕するほどの地下遺跡が古代に存在していた。
「カタコムは石造りじゃない。鉱山のような坑道構造だ。だが、これは設計されて作られた、まぎれもない迷宮だ」
調査を終え、砂浜に戻ってグラハムやアリッサと食事をしながら、迷宮について語った。
「カタコム、カタコンベは初期はローマの地下墓地であるが、後はキリスト教徒の隠れ教会になっていた。そのせいか、複雑に入り乱れたカタコムがあるが、この迷宮の複雑さにはかなわないだろう」
「まだ、調査は始まったばかりだが、手応えとしてはどうかね?」
「あんたの期待に添えるかどうかは、分からないが、迷宮の全体図くらいは掴めると思うな。それに」
オレは、かねてからの疑問をぶつけることにした。
「それに、なんだね?」
「あんたは、この迷宮が何なのか知っているんじゃないか?アリッサから聞いた話だと、島が隆起することを事前に知っていたと」
グラハムは横に座るアリッサにチラリと見た。
「アリッサが話しても良いと判断したわけだ。なら、私も話すべきだな」
そして、信じられない話を切りだした。
「アトランティス大陸を信じるかね?」
突拍子もない話にオレは苦笑した。
だが、グラハムは冗談ではない風で、続ける。
「この島はその一部なのだよ」
「子供が聞いたら喜びそうなネタだな。だが、オレは考古学者だ。その手の話にはのらないぜ。アトランティスの伝説は、あってもアフリカの一部かアメリカ大陸のことだというのが定説だしな。一方、クレタ、エーゲ文明をそう感じたって話もあるがな」
「では、この遺跡はなんだと思うかね」
「・・・それを調べるのがオレの仕事だろ」
「そうだったな。しかし、私はアトランティスの遺跡だと思って、調査を君に依頼をした」
意外な言葉だった。
「オレは、エーゲ文明の専攻であって、空想科学者じゃないぜ。これまでの考古学調査で、アトランティスといわれる高度な文明が存在した証拠は何一つ出ていない」
グラハムは不敵な笑いを浮かべた。オレから、意図とした言葉を紡ぎ出させたかのようだった。
「だから、君に頼んだ。君が調べることによって、これがこれまでにない遺跡だということが分かるだろう。真のアトランティスの存在を知らず、空想で研究者を名乗っている輩に、この遺跡は研究させられないからな」
「つまり、オレから『エーゲ文明ではない』という言葉を引き出させるための依頼なのか?しかし、オレはすでに学会から去っていることは知っているだろう」
「それだけで、君を選んだわけではないがね。それに、君が必ずしも私の思うような調査結果を示すとは限らないだろう。たとえば、やはりこの遺跡がエーゲ文明の一部であったと」
「そうかもな。オレは、オレのやりたいように調査をするし、結果を先に決めたりはしない」
オレの言葉に数度グラハムは頷いた。
「かまわない。言うのを忘れていたが、私は明日、この地を去る。仕事があるんでね。アリッサを残していくので、不備があればアリッサに言ってくれたまえ」
翌日、グラハムは島を去った。
オレは、昨日とは違う護衛を連れて迷宮に調査へ向かった。島には迷彩の男が全部で11人もおり、その日は3人がオレに付いてきた。
その日から本格的調査に乗り出した。入り口から3本に広がる通路のうち、四方30mはある広間に繋がる通路のマップを埋めていくことにした。
広間につくと、大きな石扉が先をふさいでいる。その扉にはやはり太陽を模した壁画がある。
「アトランティスだって?太陽の模様はムー大陸だったよな・・・。それに、アトランティスは大西洋上ってのが、奴ら妄想科学者の言い分だったはずだぜ」
オレは軽口を叩きながら、石扉の寸法を測る。
「すまないが、灯りをもっと近づけてくれ」
オレが後ろでライトを持っている護衛に話しかけた。しかし、護衛はライトを近づけない。
「おい、灯りを」
オレが振り向くと、灯りを持った護衛が、震えながら天井を見ている。
オレも、天井を見上げた。
「ひぃひぃぃぃ」
オレは情けない悲鳴をあげた。そして、天井を指さす。
オレの指先には、さっきまで後ろにいたはずの護衛の一人が天井に仰向けで突き刺さっていた。
天井から突き出た数本の槍のような造りのものに、体を貫かれ地上に血を滴り落としている。
「な、なんだ?何があった?」
オレの言葉に残り二人の護衛は首を横に振るだけだ。
天井までは10mはあろう。しかし、そこは広間の中心部で、この広間が逆さまにでもならない限り、人間が行けるような場所ではない。
「と、とにかく、ここは危険だ。いったん引き上げよう」
百戦錬磨であろう護衛たちも、この言葉に従った。
「そうですか。一人死にましたか」
アリッサは驚きもせず、淡々と言う。
オレは戻るとすぐに、小屋で一人ノートパソコンに向かって仕事をしているアリッサに、先ほどのことを話したのだ。
「死にましたかって、人が死んだんだぞ!」
「護衛はそのためにいるのですから。あなたが無事であったことが何よりです」
アリッサは表情を崩さない。そして、私が口を挟む前に話を続けた。
「これまでの調査で、実はすでに10人以上の者があの遺跡で命を落としています。迷宮には様々な罠があり、あなたが来るまで調査を断念していたのです」
「聞いていないぞ!」
「ええ、言いませんでしたから」
オレは小屋の壁を叩いた。
「ふざけるな!」
「ふざけてはいませんわ。それに、護衛には当然あなたの命を守ることを最優先に命じています」
「そういう問題ではないだろう」
オレはアリッサという女に恐怖を感じていた。感覚のズレ程度ではない。この女は人の死を何とも思っていないのだ。
「それでは、調査を辞めますか?」
「当たり前だ!自殺しに行くようなものだ」
アリッサはため息をついて、最初にあった時と同じ微笑みを浮かべる。そして、これまでと全く口調を変えて、オレに言った。
「戻っても・・・何もないくせに」
「なっ」
「戻っても何もないでしょう、あなたには」
オレは、アリッサの机までにじり寄り、ノートパソコンを力一杯払いのけた。
パソコンは床に叩きつけられ、マウスや拡張ドライブが、コードに引っ張られ続いて落ちる。
「ふざけるな!」
興奮していたオレは、日本語で怒声を上げていた。しかし、アリッサはそれを聞いて、こう英語で答える。
「ふざけてはいませんわ。事実でしょう。・・・怒ると言うことは、あなたにはまだプライドがあるって事よね」
この言葉と、ふと目をやった落ちたパソコンがオレの心を冷ました。
「・・・すまない。確かに、オレがこの島を出ても未来があるとは思えないな。だから、オレに依頼したんだろう。死ぬ覚悟で調査をする研究者という」
「私も失礼な言葉を言ったことを謝罪しますわ」
口調が戻る。これは計算された演技だったんだろう。やはり、この女には勝てないな。
「命懸けだが、金と名誉が手に入るってことか」
「それはあなた次第ですわね」
「・・・護衛は本当にオレの命を守ってくれるんだな」
「ええ。彼らの出来うる限り、あなたの命は保証しますわ」
オレは、こうして調査の続行を決めた。
翌日、早速遺跡に向かおうとした。
護衛は仲間が死んだことに大きな動揺は見せていなかったが、護衛が3人から5人に増えていたのは、やはり恐怖を感じてはいるのだろう。
出発間際、その護衛のリーダー格の一人にアリッサが話しかけていた。
聞き取れたのは一部だが、「見つけ次第撃ち殺してかまわないわ」等と物騒な話をしている。
そして、今度は待機している他の護衛の小屋に向かって歩いていった。
遺跡に再び入る。
慎重にもう一度あの広場に向かう。前後上下左右の全てをぬかりなく見、確認して進む。
昨日の倍以上の時間をかけて、広間に着いた。
見たくはないが、天井を確認する。やはり、護衛の亡骸が突き刺さったままであった。慎重に広間の周りを調べ始める護衛。
リーダー格の男が何かに気づいて、オレのところに報告に来た。
「床に大量の血がありました。このトラップは天井の槍が下に落ちて来て、刺さった相手をまた引き上げるというものでしょう。天井には他に槍はありません。この部屋のトラップはこれだけでしょう」
説明は簡単だった。いったいどんな原理で作動するのか、いや、あの槍に刺さった護衛が落ちることもなく、あり続けていること自体おかしいのだが、この男の言葉を信じるほか無かった。
「では、この先、石扉を開けて向こうに行こうと思うのだが、いいか?」
リーダー格の護衛は頷いた。
護衛数人が石扉を調べ、安全を確認したのか二人がかりでその扉を押し開けた。
重い石の引きずる音が広間に木霊する。
そして、通路が現れた。
「この先は、調査するのは初めてです」
これまでの護衛と違い、このリーダー格の男はオレに話しかけてくる。
「まだ、初めの方だと思うのだが・・・。それに10人以上が死んでいるとも聞いたが」男はオレの言葉に、間をおいて答えた。
「この広間まで来る間が安全だったのは、それまでにあったトラップを・・・除去したからです」
男の言に、オレは言葉を失った。
つまり、オレが調査していた範囲に罠がなかったのは、すでに罠に引っかかり命を落とした者がいたからである、ということであった。
「護衛の補充はききますが、調査員の数はいませんので、ミスターは最大限の努力でお守りいたします」
補充がきく?自分の命はどうなるんだ?
アリッサといい、この男といい、尋常じゃない。
石扉の向こうの通路は狭く長かった。
先を行くリーダー格の男がすでに数個のトラップを見つけ、その石板を踏むな、その場所には立つなと、指示していた。
通路は終わりを告げ、下る階段が代わりに出現した。
「通路にめぼしい調査対象はなかった。これを下りたいが、いいかね」
オレはリーダー格に話しかける。
すると、男は他の護衛に先に行くよう指示した。
一人の護衛が階段を食い入るように見つめ、銃を構えながら、一段一段、踏みしめて行く。
ヒュン
乾いた音がし、7段目を踏んでいた護衛が倒れ、階段を落ちていく。
オレは何が起こったか見えなかったが、リーダー格の男が、
「6段目を踏まないでください。横から矢が出て、今のように頭に刺さります」
と、平然と言った。
オレの足は震え始めた。頭では理解していても、今そこにある石段を踏むと、死ぬ。
そう思うとふるえが止まらなかった。
「踏んでしまったら・・・そうですね、すぐにかがめば助かるかもしれません」
リーダー格の男は、オレを落ち着かせるためのものなのだろうか、苦笑すら交えて言う。だが、オレの震えは止まらなかった。
すでに、護衛の数人が下りていき、他の段の安全を確認したらしい
オレは何とか震える足を抑えながら、6段目を踏まずに階段を下りた。
階段の下には頭から血を吹き出して絶命している男がいた。
オレは、目を背けて、先を急いだ。
しばらく進むと、新たな広間についた。
同じように石の扉があり、太陽の紋章が描かれている。
護衛たちは慎重に、広間を調べていく。
オレもやはり天井が気になって、上を見る。この広間には槍はない。造りも円形ドーム状になっている。
「ミスター、この広間にとラップはないようです。あの扉を開く以外はですが」
リーダー格の男が入り口で待機していた私に言う。
「この広間は調査する必要がある。ありがたい」
オレは広間に進み、中央部に立ち見上げる。
「綺麗なドームを作っているな・・・」
感嘆が漏れた。イスラム建築のドーム工法に似てはいるが、石の接合方法をもっと近くで確認しないと判断は出来ない。
「次に来る時は、大きな脚立が必要だな」
オレは、次に石扉に向かった。太陽の紋章を確認するためだった。
「先ほどのと、少し違うな」
オレはデジタルカメラを出し、その紋章を撮影することにした。
シャッターを切ると、ストロボが作動し、一瞬広間に光が広がった。
構図を変え、それを数度繰り返す。
8枚目を取ったところで、異変が起きた。
地面が小刻みに揺れ始めたのだ。
「地震か?」
この辺は火山性地震が多く起きる地域なので、不思議ではないが。揺れは少しずつ大きくなっていった。
やがて、その揺れは立っていられないほどになり、オレはその場にしゃがみ込んで叫んだ。
「く、崩れるかもしれない!おさまり次第、上に戻るぞ!」
だが、揺れはますます大きくなり、オレは悲鳴を上げつつ石ころのように転がされていた。護衛たちも、さすがに訓練を受けていてもこの揺れには耐えられず、地面を転がっている。
オレはすぐそこの石扉に叩きつけられ、反復の揺れで、扉から体が離れる。が、次の揺れでまた扉に叩きつけられる。
はずであった。
しかし、オレの体は、石の扉をすり抜けた。
そう、信じられないことに、石の壁をすり抜けたのだ!
そして、その先の小部屋に転がり込んでいた。
小部屋は明かりもなく光り輝いており、真ん中に祭壇がある。
不思議なことにこの部屋には揺れが起きておらず、私は容易に立つことが出来た。
「な、何だ、ここは」
声に出す。
部屋の幅は10mもない。天井も3mほどだろう。
その部屋の真ん中に、石の高台があり、何やら光り輝く石がおかれている。
この石がこの部屋の明るさの元であるらしい。
オレはその祭壇に近づき、石をしげしげと眺める。石は握り拳大で、ごつごつとしている。その石が目映い白い光を発しているのだ。
顔を近づけようとした時、
パパパンと、背後で銃声がした。
扉の向こうで、護衛が銃を撃っているのだ。
何と戦っているんだ?
オレは扉の方へ向かった。
「おい、どうした!」
叫びながら石の扉に触れる。すり抜けることはなかった。
外の音も銃声がするだけである。
オレは石の扉を開けようとしたが、全く動かない。
重いだけではなく、開く構造ではないように思えた
そして、銃声が止む。
「何が起きたんだ?オレは閉じこめられたのか?」
状況をよく飲み込めないオレは、扉から離れ、再び光る石のもとに足を運ぶ。
トラップが気になり、石には触れないでいたが、近くまで指をやり、熱を計る。
「熱は放っていない・・・。人工物とも思えない」
オレは、この石に触れてみることにした。
そっと、慎重に手を近づけた。今度は腕が振るえ始めた。
指先が触れた。ひんやりとした感触が伝わる。
そのとき、突然声をかけられた。
「手をどけなさい」
それは女の声だった。
オレがその姿を見ようと振り返った瞬間だった。
石がさらに目映い光を発し、まるで生き物のようにオレの体を包み込んだ。
「う、うわっ〜〜」
オレはまた情けない悲鳴を上げる。
光の中、石に目をやると、オレの指から先が石に埋まっている。しかも、石が生き物のようにオレの体を引き込んでいく。
すぐに右腕が石に吸い込まれた。
「たたたたた、助けてくれ〜」
こういう時は日本語しか出てこない。
肩まで石の中に吸い込まれ、オレは狂ったように叫んだ。
「か、かあさ〜〜ん」
そして、オレの体は全てが石の中へと吸い込まれた。
体の感覚が無い。ただ、頭の中に映像が浮かんでくる。
緑の大地。石造りの町並み。宮殿。戦う人々。動く石像。空を飛ぶ石の巨船。光に包まれ消える町。石を掲げる男。宇宙。地球・・・。
オレは頭に中に入り込んでくる映像、データの膨大さに耐えきれず、気を失った。
「気が付いた?」
目を開けたオレの前に女が立っていた。
若い白人。茶色の瞳と褐色の髪。その髪を一つにまとめて下げている。
その左右の手に銃が握られている。
「だ、誰だ?」
オレは絞り出すように女に話した。
「私のことより、自分のことを心配したら?」
女の言葉でオレは自分の体を見た。
「ぎゃーーー」
オレは腹の底から叫んだ。
オレの体が、体が壁に埋まっている。顔だけだ表に出ているのだ。
体の感覚がない。しかし、息は出来る。
「だから、手をどけなさいって言ったのに。・・・あなたチャイニーズ?」
お下げ女がにじり寄る。
オレの顔は壁のかなり上の部分にあるらしい。周りを見ようとするが、顔を動かせることが出来ず、分かるのは、この部屋はオレの知らない場所であると言うことだった。
女はオレを見上げる格好ですぐそばに来た。
「日本人だ。オレはどうなったんだ?・・・いや、助けてくれ」
女は両の手を広げ、上げる。大げさなジェスチャーで「お手上げ」を表現した。
「あなたがどうなったかは説明できるわ。壁になったのよ」
「なっ・・・」
女はオレの眼下を腕を後ろに組みながら左右に歩む。
「つらいことを言うけど、あなたは助からないわ。もう、壁になっているから」
「頼む、助けてくれ」
「無理ね。それに、さらに辛いことを言うけど、私が帰るにはこの壁を開けなくてはならないの」
女は不思議なことを言う。壁を開ける?帰る?
「分からない。頼む、説明してくれ」
女は「オーケー」と言い、説明を始める。
「あなたが石に吸い込まれて、あの部屋から消えたわ。石はアトランティスの秘石の一つで、私が今回の目的としていた物なの。でも、その石を取るにはまずヘゲネの紋章を時の台車に掲げて、道標の扉を開いておかないとならないのよ」
アトランティス?ヘゲネ?
女の言っていることはさっぱり理解できなかった。
「しかし、あなたはそれをやらずに石に触れた。そしてアトランティスの呪いを受けて、還りし者の壁にされたのよ」
「何を言っているのか・・・」
「Fu、簡潔に言えば、・・・あなたはこのまま永遠に壁なのよ」
「助かる方法はないのか?」
オレは何度も女に訴えた。
しかし、女の答えは同じだ。
「無いわ。他に助けを呼びたくても、この壁を開けない限り呼びに行けない。壁を開けることは、あなたが死ぬということ」
「なんで・・・何でこうなったんだ・・・」
「運がなかったのね。ご愁傷様」
女は同情もなく冷酷に言う。
「他にお前が帰る方法はないのか?そして助けを呼んできてくれないか?」
「無理ね」
女がそう答えた時、再び大地が揺れ始めた。
「タイムリミットね。あの女がトラップを作動させて私をいぶり出そうとしているわ」
揺れは段々大きくなっていく。
「このまま揺れ続けると、秘石のないこの迷宮は崩れるわ。つまり、どのみちあなたは死ぬわ」
女は再び冷酷に言い放つ。
「た、たすけてくれ」
涙が出てきた。オレは女々しく訴えた。
「無理ね。揺れが大きくなってきたわ。このままでは私も死ぬことになる」
女は両の手に握られた二丁の拳銃をクルクルと回し始めた。
「誰かを道連れに死ぬか、最後に誰かを助けるか」
実際は数秒であろうが、オレにとっては長い時間が過ぎたように感じた。
「・・・わかった」
オレは、ゆっくりと噛みしめるように決断の意を発した。
「オレが死ねば、お前は助かるんだな」
「ええ」
「お前、銃の腕前はいいのか?」
「的を外したことはないわ」
「そうか」
オレは目を閉じた。
揺れは激しくなっている。女は左右に振られながらも、大地をしっかり踏みしめている。
「痛くはしないでくれ・・・」
それがオレの最期の言葉となった。
「オーケー」
乾いた音。
そして、永遠の静寂。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
「秘石はやつに取られたか」
グラハムは自室でアリッサからの報告を受けていた。
「さらに君以外全滅とはね・・・。下がって良いぞ」
アリッサは一礼をすると、退室した。
自分の個室がある秘書室に向かいながら、彼女は小さくつぶやいた。
「グラハムでは、無理かもしれないわね・・・」
彼女の心の中には、すでに次のプランが生まれ始めていた。
完